若手のアマチュアマジシャンを分析してわかったこと

若手のアマチュアマジシャン≒私

食事に旅の記事が続いたので、次はマジックに関する真面目な記事でも。

現在私は関西のとある大学でマジックサークルを設立・運営していますが、そのおかげでわかったことが色々とあります。

プロのマジシャンの演技を見たり、話を聞いたり、また見ず知らずの人からお金をいただいて演技をする機会も増えてきました。

そして、様々なマジシャンの方とも知り合う機会もたくさんいただきました。

マジシャンの方一人一人に個性があって(個性が強すぎる方が大半ですが)会うたびに色々と考えさせられます。

こういった経験を経て、陳腐な表現をするならば「マジックに対する考え方が変わった」のです。

今回は、私が若手のアマチュアマジシャンとして体験してきたこと、そして実際に会って話したマジシャン達を分析して、現在の若手マジシャン達の傾向を浮かび上げつつ、自分が目指すべきマジシャン像を明確にしようと思います。

この記事の内容が正しいかどうかは別として、こんな考え方もあるんだ、そのように同年代のアマチュアマジシャン達に感じていただけると幸いです。

そもそもマジシャンはなぜマジックを始めるのか

まず、多くのマジシャンはどうしてマジックを始めたいと思うのでしょうか?

これは人によって様々な理由があると思います。

例えば、プロのマジシャンの演技を生で見て、自分も人を感動させたい、そう思った人もいるかもしれません。

はたまた女の子にモテたい、そんな理由からはじめた人も多いのではないでしょうか。

ただ、ここで一つ私の考え方として

マジックをはじめる人には内向的な人間が多い

そう思うことが多々あります。

私は中学生の時にマジックをはじめました。

友達もいないわけではありませんが、人とあまり喋るタイプではありませんでした。

コミュ障気味オタク系中学生だった、そう言えばわかりやすいでしょうか。

そういう人達にとって、クラスの中心に存在する人達は、非常にまぶしく見えます。

『自分もあんな風にクラスの中心で人気者になりたい』

内向的な人間が外向的な人間に憧れを持つのは、恐らく多くの人にとって共通でしょう。

ちょうどそんな時、テレビでプロマジシャンがマジックをしているのを見ました。

『マジックをすればクラスの中心に入れるかもしれない』

今思えば非常にくだらない動機ですが、当時は真剣にそう思って、親にねだってマジックの専門書を買ってもらった記憶があります。

そもそも外向的な人間は、マジックを始める機会が少ないです。

始める機会があったとしても、プロやテレビのマジックの動画を見て

「すげぇ!俺もやってみて、友達に見せてみよう!」といった動機が多いでしょう。

対して内向的な人間がマジックを始めるきっかけは

「女の子と話しかけるためにマジックを使おう」

「クラスで人気者になりたいからマジックをやろう」

といった、自分のコミュニケーション能力の補完であることが多いのです。

外向的な人間は、マジックなんて使わなくても女の子と仲良くなれます。

外向的な人間は、マジックなんて使わなくてもクラスの中心にいます。

外向的な人間からすれば簡単なことが、内向的な人間にはとてつもなく高い壁に見えるのです。

マジックをはじめよう、そう思うきっかけの多さは、外向的より内向的な人間の方が多いはずです。

内向的な人間は人にマジックを見せないし、見せる機会をつくらない

いざ、マジックの専門書を読み漁り、簡単なコインのマジックを一つ覚えます。

外向的な人間であれば、すぐに抵抗なく友達に見せるでしょう。

「ちょっと見て!マジック覚えてん!すごくない!?」

そんな一言が言えるほど明るい中学生ではありませんでした。

がんばって覚えたマジックも、見せるのは親や親戚などバレてもいい人。

よくて親友に見せるのが精一杯です。

いざ頑張って女の子に勇気を持って話しかけて見せようとしても、緊張で手は震えるし、何を言えばいいかわからなくなります。

クラスの中心に入りたいと身につけたマジックなのに、クラスの中心でマジックを演じるには想像以上の勇気がいるのです。

そして、マジックが終わればそれで終わりです。

本来のコミュニケーション能力が低いのですから、マジックが終わってからの話題に入り込めないし、外向的な人間のノリについていけません。

マジックのタネがバレた時なんかは悲惨です。

当時の自分にとってはマジック=自分のアイデンティティ。

それを崩されるということは、自分を全否定されることと同じ。

自我を守るために、防衛機能が働きます。

そしてどんどんマジックを見せる機会は減っていくのです。

見せる場所が無いので技法とフラリッシュを黙々とやる

人に見せるのが怖い、バレるのが怖い、人に見せようとは思わない。

でも自分からマジックがなくなったら何が残るんだろう

そんなマジシャンが行き着く先は、「一人で黙々と練習すること」です。

幸か不幸かマジックには数え切れ無い技法・テクニックが存在します。

トランプを1日中触っていても飽きませんし、コインをひたすら弄ると楽しいのです。

どんどんどんどん、どんどんどんどん演じる内容は難しくなっていきます。

いつしか

人に気に入られたい、クラスの中心に入りたい

そんな気持ちは薄れていき

どれだけ難しいことができるのか

そればかり考える日々が続きます。

(こいつ、こんな技法もできないのか、クズだな)

いつしかマジックを見せることで自己のアイデンティティを確立していたのが

(自分こんな難しいことできるんだぜ、お前らとは違うだろスゲーだろ)

相手にできないことができる自分を愛でることで自我を保つようになります。

(俺、こんなことできるんだぜ)

そんな気持ちでマジックを見せるわけですから、余計バレやすくなりますし、ウケません。

バレた時にはもっと腹を立てます。

(どうせお前にはできないくせに)

どんどんどんどん自分の殻にこもっていきます。

マジックの技法を覚えるの楽しい。

こんなに難しいことをしている人がいる。すごい。自分も負けたくない。

そんな感じでひたすらマジックの技法やフラリッシュをする、そんな矢先に流行りはじめてきたのが、動画共有サイトでした。

Youtubeは自己顕示欲を満たす麻薬

難しいマジックをすることがひたすら自己の確立に繋がる。

でも頑張って覚えた難しいマジックを見せる人はいない。いや、見せたく無い、怖い。

そもそも、難しいマジックは人前でやると緊張して難易度が跳ね上がります。

それにフラッシュ(チラリとタネが見えること)しやすいものです。

それでも、誰かに自分の努力を認めてほしいのです。

(俺、こんなことができるんだぜ、いっぱい練習したんだぜ、誰かほめて!)

そういったマジシャンが行き着く先が、動画共有サイトです。

具体名を挙げるならYoutubeにニコニコ動画。

すごいですよね。人に会わなくてもマジックができるんですよ。

喋らなくてもいい、顔をうつさなくてもいい、角度も気にしなくていい。

動画で綺麗に見えるように必死に練習する。

一番綺麗に見える角度から動画を撮ります。

喋れないのでそれっぽい音楽をバックサウンドとして誤魔化します。

そして、緊張しながらアップロードのボタンを押します。

(皆すごいと思ってくれるかな?)

日々動画の閲覧数をチェックします。

誰が見てくれるんだろう、どう思ってるんだろう。

そしてある日、動画にコメントが付きます。

「すごいですね!」

「めちゃくちゃ上手くて尊敬します!」

これらの言葉はまるで麻薬のように快楽を与えてくれます。

( もっと難しいことをして、褒めてもらいたい!認めてもらいたい!)

どんどん承認欲求を満たすために難しいマジックをカメラで撮る日々が続きます。

いつしか、人にマジックを見せる機会より、カメラの前で演じる時間の方が多くなります。

コメント欄の反応と、リアルでの反応との乖離がどんどん大きくなります。

でも、こんな風にコメントをしてくれている人達も実は、マジシャンなんです。

マジシャンじゃないとそんなコアな動画を見ません。

つまり、マジシャンがマジシャンの動画を見てほめるんです。

それを見て、またほめてほしいから、その人の動画にお世辞のコメントを書くようになります。

「〜さん!すごいですね!絶対僕にはできないです!でも、僕こんな動画撮ってみたんですよ!是非見てください!」

そうして、マジシャンがマジシャンをほめ合う、謎の構造が生まれるわけです。

マジシャン同士なら、怖くないよね

Youtubeやニコニコ動画といった動画共有サイト、TwitterやmixiといったSNS。

そういった場所に内向的なマジシャンがどんどん集まります。

マジシャン同士でほめ合うことって、気持ちいいよね。

「〜さんのトランプかっけぇ!」

「〜さんのコインすげぇ・・・」

そしてどんどん仲良くなって、最終的にはオフ会でリアルで会うことになります。

でも、大丈夫。相手はマジックを知っている人だもの。

バレても怖くない。

そして、多くの人達にほめてもらえるようにどんどん難しいことをする。

どう?すごいでしょ俺?

え?すごくない?そんな難しいことしても意味がない?

なんかすごいのはわかるけど、それって面白いの?

そんなことを言う人間は、知らないし、見えないし、嫌いです。

自分が努力して努力して身につけたけれど、ウケないマジック。

自分が今までやってきたことってなんなんだろう。

自分からマジックを取ったら何が残るんだろう。

いや!間違ってないはずだ!難しいことができる自分が偉いんだ!

マジシャン同士でつるんでいても、相手を否定するとすぐに村八分です。

自分が否定されると、どうにかしてそいつを排除しようとします。

こうして、どんどん内向的なマジシャンが固まって、夜な夜な難しい技法とテクニックを見せ合い、ほめ合う、そんな居心地の良い、赤と他人から見ればまるで夢と魔法の世界が出来上がります。

マジックを知らない人にほめてもらいたい

人間の承認欲求には底がありません。

マジシャンにほめられるマジシャンではなく、普通の人にほめてもらいたい。

でも、今まで人前で演じることが少なかったんですから、マジックがウケません。

難しいことをしても、夢の世界の住人のように笑ってはくれないのです。

建前というボロボロの板でつくられた奇妙な夢と魔法の国は、いつしか廃墟になります。

どうすればマジックはウケるんだろう。

マジシャンじゃない人にマジックを見せるにはどうすればいんだろう。

そんな根本的な疑問、本質的な問題にタイムスリップです。

そうして、プロの方が言うような演技論にひたすらしがみつくようになります。

こうやったらウケる、どうしたらウケない。

今の私もこんな事が書かれている本があったらすぐ飛びついてしまいます笑

でも、マジックで人を楽しませた数は圧倒的に少ないのです。

オリジナリティがない、結局は誰かの模倣

自分の内気な性格を矯正するために

バーに単独乗り込んだり

思いきってマジックのサークルをつくってみたり

赤の他人の結婚式会場でマジックをやってみたりと

いろいろと大学に入ってからマジックを赤の他人に見せる機会が増えてきました。

そうすることで、表面的には外交的な性格を身につけることができたように思います。

人の前でマジックを演じることで、少なくとも自分と近い年齢層

つまり10代〜30代あたりの観客からは一定数の拍手をもらえるようにもなりました。

しかし、ふと我に返って自分の演技を見直してみると、個性がないのです。

結局はこの演技って、プロマジシャンのYoutubeで見たやつのパクリじゃないか。

DVDの演技をそのまま使って観客から拍手を貰うことは果たしてどうなのか。

確かに、マジックに関わらず全ての芸術は模倣から始まると思います。

観客から拍手を貰えるのならば、それだけでいいじゃないか、そういう意見もあると思います。

でも、まだまだマジシャンとして未熟で子供な考えを持つ私は

自分のマジックで、自分オリジナルのマジックで拍手をもらいたい

そんな生意気な気持ちが芽生えました。

尚、ここでいうオリジナルというのは技法やテクニックがオリジナルということではありません。

技法やテクニックを新しく創り出すクリエイターには私には難しいでしょう。

技法やテクニックでなく、最初の挨拶であったり

途中のミスディレクションのタイミング、アイスブレイクのタイミング

そんな細かい所で他人との差別化を図れればそれでいいのです。

マジックしかできないマジシャンはマジシャンではない

さて、マジックのオリジナリティについて上で述べましたが

ここで自分に対して猛烈に思うことが一つ。

自分はマジック以外に何もできないのではないか。

マジックの持つ、人を魅了する力は圧倒的です。

小さい頃からマジックをやっていれば、それだけで周囲から

「〜くん、すごいね!」

「カッコイイ!」

などと言ってもらえることでしょう。( 残念ながら私は言われませんでした。)

ただ、こうすると人はマジックだけしかやらないようになります。

自分でテクニックや技法までオリジナルマジックを創り出せるのであれば問題ありませんが

模倣の芸術であるマジックにおいて、それは非現実的でしょう。

そんな時に、救いの手を差し伸べてくれるのがマジック以外の知識でした。

音楽について多くの知識を持っていれば、マジック中のバックミュージックの選択の幅が広がります。

日本の伝統芸能について詳しければ、それをマジックと絡めて表現することもできます。

アニメだろうと、スポーツだろうと、どんな知識でもお客さんとの会話に役に立つに間違いありません。

正直に言えば、マジックだけしかできない人のマジックは面白くありません。

その人が今ままでどんな経験をしてきたのか、どれだけの知識を持っているのか

プロの方のアクトにはそれらが滲み出ているのです。

私にはその経験と知識が圧倒的に欠けています。

それはおそらく多くのアマチュアマジシャンにも言えることではないかと思います。

たとえば服装、ファッションの知識。

サイズ感がまるであってないジャケットや、裾の汚れたシャツを着ているマジシャンは多いです。

普段のカジュアルな服装もダサい服装を着ている人も多いです。

髪型も何も考えずにとりあえず散髪屋、もしくは安い美容店で理髪師さんにおまかせ。

マジックは人に見られる芸術なのに、なぜ人に見られる服装や髪型は気にしないのでしょう。

なぜ、そんな汚れた爪で女性の手を触るマジックができるのでしょう。

今まで見てきたプロのマジシャンの方は、総じて皆爪が綺麗でした。

このように、マジック以外の知識はマジックに直結します(できます)。

なので、できる限り多方面の知識を身につけることが、私には求められます。

マジシャンは練習しない

もう一つ、これはサークルの子や同年代のマジシャン、そして私を見てきて思うのですが

マジシャンは他の芸術分野に比べて想像以上に練習しません。

特にクロースアップマジックとなれば尚更です。

例えばよくマジックと同じサークルにあることが多いジャグリングなんてどうでしょう。

ジャグリングなんてできるようになるまでかなりの時間を要します。

たとえ一度できたとしても、観客の前でキメるためにはさらなる練習が必要です。

しかし、マジックはそこまでの練習を必要としません。

いや、練習は必要だけど、練習しなくてもある程度ウケる、の方が正しいでしょうか。

もしくは上で述べたように技法やフラリッシュはめちゃくちゃ練習するんだけど

挨拶、セリフ、そういった所はあまり練習しないことがほとんどです。

これは、マジックが人とより接する芸術であることが原因だと思います。

本来人に見せながら練習する必要のあるマジックですが、見せる機会には限界があります。

なので、鏡やカメラに向かって挨拶をしたり、セリフ吐き続ける練習が主となります。

そして人前に立たないので自分の演技が上達したのかどうか判別がつきません。

そりゃモチベーション続かないですよね。

そして、実際人前で演じる直前にアタフタすることがほとんどです。

マジシャンは他の芸術分野に比べて練習量が少なくなりがちだと私は思います。

まとめると

つらつらと書き並べてきましたが、要するに、最近の若手アマチュアマジシャンの傾向として

1.マジシャンには内向的な人間が多い。

2.人に見せようとしない。

3.人に見せず、テクニックを網羅しようとする。

4.そのテクニックをYoutubeやSNSで自慢する。

5.一般の人にもマジックを見てほしいと思うようになる。

6.演じたとしても、個性のないマジック。

7.マジック以外の分野となるとさっぱり。

8.それなりにウケるし、練習はそこまでしなくていっか。

ということになります。

実際に自分の経験談を分析してみましたが、以外と内のサークルの子にも多く当てはまります。

そして多くのマジシャンが上の「4」の段階で止まっています。

この傾向がもたらす利点と欠点については、紙幅の都合上別の記事にでも。

さて、上の分析から逆算すれば、同年代の中では一つ抜けたマジシャンになれるのではないでしょうか。

  1. できる限り多くの人に見せる。
  2. そこからフィードバックして、技法やテクニックを習得する。
  3. マジック以外の教養を身につけ、個性を身につける。
  4. 誰にほめられることなく練習をする。

上の4つの項目を中心に、これからのマジック活動、およびサークルの指導基準にいかしていきたいですね。

それでは長い記事を最後までお読みいただきありがとうございました。

【おまけ】

今回の記事はアマチュアの視点からマジシャンについて分析しましたが、プロの方の視点から分析してある素晴らしい本があります。

マジシャンという職業から、プロのマジシャンとは、アマチュアのマジシャンの違いとは何か、わかりやすく話し口調で書かれているので、まだ見たことのない方は是非一読ください。

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コメント

  1. チョマス より:

    大学在学時代マジシャン目指して挫折した人間です。
    社会人になって10年以上マジックから遠ざかってました。
    理由として当時は細々ではありますがレストラン・結婚式等で披露してましたが、社会人になると見せる人がいないのでやる意味が見出せませんでした。
    最近忘年会で披露することになり、ちょっとネットで手品業界を検索したら、自分がやってた頃とは段違いの情報量(動画など)で、当時では知りえなかった情報がいろいろと拾えたことをきっかけに、趣味として再開しました・・・が、本ブログの指摘通り見せる当てのないマジックの練習でなんだかなーと思ってます。そんな中「アマチュアマジシャン あり方」で検索したら当ブログがヒットしました。
    アマチュアマジシャンってどうなんでしょうね。
    ブログ内のYoutubeのくだりに関しては全く同感です。
    見せる当てのないマジックの行き先が動画なのかなと思います。(でも知識の収集に最大限利用してますが)
    だって、演じるシーンが度外視でどのシチュエーションで演じるマジックかわからんし・・・。
    長文失礼しました。
    あまりにも今の自分の疑問にマッチしていたので。
    楽しく読ましていただきました。
    ありがとうございました。

    • Terry より:

      まず第一に、コメントありがとうございます。
      10年ほど前と今では、手品を学ぶ環境も大きく変わったのですね。
      それを吉ととるか、凶ととるかは難しい判断です。
      現在のアマチュアマジシャンは、見せることを考えるよりも、身内でコンテストをしたり、YoutubeやSNSで互いに馴れ合うことに楽しみを見出しているのかもしれません。
      もちろん、マジック以外の芸能でも同じことは起こっているでしょうが、それでもいわゆる「オタク」のイメージがマジックについていることを否定できません。
      それゆえ、アマチュアマジシャンが目指すべきなのは、身内以外を楽しませることも考え、かつマジックという文化・趣味のイメージ低下を防ぐことだと私は考えています。
      以上、しがない学生マジシャンの生意気なコメントです。
      忘年会での披露、頑張ってくださいね♪

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