センスのない人のためのセンスの磨き方

センスのある人はカッコイイ・・・そもそもセンスって何だ?

あともう少しで記事が50になります。目指せ100記事!ということで、今回は『センス』について少し考えてみたいと思います。

どんな世界でも、とりわけ個人の能力が必要とされる世界では『センス』が重要視されます。

あの人の服装選びはセンスがいい、彼のシュートのセンスは抜群だ、彼のアドリブセンスに並ぶものはいない、あのCMセンスいいよね・・・

ファッション、デザイン、スポーツ、音楽、映像、食、そして芸能とあらゆる場面で『センスがいい』という言葉が溢れかえっています。

とはいえ、こういう時の『センス』ってどういう意味で使われているのでしょうか?非常に曖昧で広範囲の意味で使われている言葉だと思います。

そこで、この記事では『センス』とは何か、について言及した後、そのセンスの磨き方について自分なりの解決策を提示してみたいと思います。

少し抽象的な内容なので、めんどくさい人は目次より「まとめ」を読んでください笑

『センス』の意味を英語の側面から考える

センスの意味を英語辞典から辿ってみました。

◎sense 名詞用法

1:感覚(5感の1つ)

2:(漠然とした)感じ、意識、気持ち

3:(美・方向などに対する本能的な)センス、勘、判断能力

4:(知的・道徳的な)感覚、観念、認識

5:正気、意識

6:思慮、分別

7:意義、合理性

8:(文脈または辞書に定義された)意味、語義

9:(話者などによって意図される)意味、意図、趣旨

10:(全体、大多数の)意向、意見

この中でも、日本でセンスと言われるのは3番の意味が大きいのではないでしょうか。

しかし、面白いのは7番意向の意味です。本能的とは対照的な合理性や、大多数の意向、意見なども含まれていることに注目しなければなりません。

よって、自分なりにまとめると、『センス』とは

意識内の感覚

であり、『センスが良い』とは

話者や演者などの意識内の感覚が、大多数の人間に一貫した認識として5感を通じ(漠然ながらも)伝わること

つまり、ある個人の中の感覚という抽象的なものが、他の人マジョリティに対して受け入れられることが、『センスが良い』ということになるのです。

服装を例に例えると、『なんとなくいいな』と思うその服装が、他の人にとっても『なんとなくいいな』と同じように感じてもらえる一貫性が生まれる、ということになります。

他人から受け入れられるのは必要条件であって絶対条件ではない

さて、上で述べたセンスの定義ですが、大多数に受け入れられるものがセンスの良いものだと述べました。

ならば、他人に受け入れられるものを作ろうとすれば、センスの良いものができあがるのではないか?と思うのは至極単純な話です。

しかし、それではセンスの良さは引き出されないのです。というのも、個人の意識内の感覚こそが絶対条件なのであり、他人からの反応は悪魔でも必要条件なのです。

服装を例に挙げると、大多数の人に受け入れられる服装、つまりは流行っている服装をそのまま模倣しても『センスが良い』とは言えず、『なんとなくこれがいいな』と思った服装が他人に受け入れられた時、それがはじめて『センスが良い』ということになるのです。

ここから、センスの良さを磨くには自分自信で『いいな』と思えるものを見つけだす必要があるのです。他人の目を気にする必要はもちろんありますが、その前に自分の目を気にする必要があるのです。

自分の中の『いいな、これ』は無意識下にあるため見えにくい

では、個人の意識内の感覚、つまり自分の中で『いいな、これ』と思うものはどこにあるのでしょうか?

それは、あなた自信の無意識下に眠っているのです。

たとえば、あなたが服装を買う時に、赤いシャツと青いシャツを手に取ったとします。そしてどちらか1つを買わなければならないと思った時、何を基準で選んでいるのでしょう?

他の服と合うから?自分の好きな色だから?彼女が好きな色だから?イチゴやトマトが好きだから?有名人が来ていたから?

あなたの人生で生きてきた膨大な経験から『なんとなく』赤色のシャツの方がいい、という選択が生まれますが、その選択の過程に至るまでの思考は無意識下にあるため、なぜ選んだのかを言葉に示すことは難しいのです。

無意識を構成しているのは膨大な経験と知識

つまり、『センス』はあなたが持つ無意識から生まれるということです。

しかし無意識は、何かしらの経験と知識が存在しなければ構築されません。

たとえば生まれた時から5感をシャットダウンされて、一生寝たままで生かされてきた人間に対して、赤いシャツか青いシャツかを選べといっても、おそらく今までの経験が無いため、どちらいいかという選択基準が存在せず、選ぶことはできないと思います。

ということは、まず第一に膨大な知識と経験を無意識下に取り込む必要があるのです。

『型』を身につける

日本の伝統芸能は、師匠に教えを請い、師匠から『型』と呼ばれるものを身につけ、それを完全に習得することではじめて自分の演技を行うことを許されたそうです。

ここからわかることは、まず自分の無意識内に多くの知識と経験を取り入れ、それが自分の選択の土台となるということです。

服装のセンスを良くするには、多くの服装の知識を知って、多くの服を着る経験を積まなければいけません。

音楽のセンスを良くするには、多くの音楽理論を身につけ、多くの音楽を聞かなければなりません。

自分がセンスを伸ばしたいジャンルについて、誰よりも経験し、誰よりも知識を身につける必要があるのです。

できる限り多くの『型』を身につける

上では、自分のセンスを上げたいジャンルの『型』を身につけることが重要だと述べました。しかし、これだけでは不十分だと私は考えます。

先ほども言ったように、センスは無意識から生まれます。

赤いシャツを選ぶ時に、無意識下ではもちろん服装の経験と知識も導入されているのでしょうが、それ以外、たとえば好きな食べ物の色などから選ばれるかもしれません。

音楽だとしても、音楽の知識と経験だけでなく、何もない自然に耳を傾け、それを表現したというのは良く聞く話です。

できる限り多くの『型』を見つけましょう。

無意識から選択基準をサルベージする

多くの『型』、つまり経験と知識からセンスは生まれます。

しかし、それは無意識にあるため、自分が本当に良いと思ったのかどうか懐疑的になることが多々あります。

それを防ぐためには、無意識を意識上に引き上げてしまうことです。

意識上に引き上げるということは、頭の中で言語化できているということ。

もっと良いのは、相手に説明ができるということです。

たとえば、なぜ自分は赤色のシャツを選んだのか、それを相手に説明する努力をするのです。

なんで自分がこの色を選んだかというと、好きな食べ物がトマトでその色と同じなのと、この服装には赤色を合わせる方が似合うという経験、そして自分の好きな色が赤色だから・・・

このような感じで、なぜ自分がその選択を行ったのか、自問自答をすれば、その選択の基準となった『型』を見つけ出すことができます。

「こうこうこういう理由でこの色のシャツを選んだんだ」と納得できれば、自分のセンスに懐疑的になることは無くなりますし、『型』の復習にもなるのです。

意識上 ≒ 合理的な選択は避ける

無意識から生まれる選択を意識上に引き上げることについて述べましたが、それでは元々意識上から選択を行えばいいのではないか?という考えも生まれると思います。

しかし、意識上から選択を行うことは、非常に合理的な選択になりがちなため、自分が本当に良いと思っているものではない可能性があるのです。

小さな子どもが描いた絵が高値で取引されることが良くあります。さらには象が描いた絵も非常に高価で買い取られると聞きました。

彼らは一々、理論や経験を元にして絵を描いているでしょうか?

答えはもちろんノーです。純粋な無意識が絵に表現されているからこそ、センスの良さが絵にあらわれるのでしょう。

ここから言えることは、意識上、つまりは合理的な選択ではセンスの良さは生まれにくいということです。

センスの良さはマニュアル化できるものではないのです。

大衆に受け入れられやすい『型』を多く身につける

さて、今までは『センスの良さ』の絶対条件、個人内でのセンスについてお話ししてきました。

ここからは必要条件である『大多数に受け入れられるセンス』についてお話ししたいと思います。

センスは無意識から生まれます。その無意識には多くの『型』を身につける必要があります。

その『型』が受け入れられやすいものであればあるほど、そこから生まれる無意識は多くの人に受け入れられるものとなります。

では多くの人に受け入れられやすい『型』とは何でしょうか?以降そのヒントを記していきましょう。

古くから多くの人に受け入れられてきたもの

古くから多くの人に受け入れられたものは、今でも多くの人に受け入れられやすいものである可能性が多いです。

たとえばクラシック音楽は今聞いてもすんなり耳に入ってきますし、源氏物語などは今読んでも中途半端な小説よりも面白いです。

このような傑作と呼ばれるものの『型』をできる限り自分の無意識下に落とし込めば、そこから生まれるセンスは多くの人にとって受け入れられやすいものになるのではないでしょうか?

センスは時と場所によって変化する

マジョリティは時と場所によって常に変化します。

服装で考えるとわかりやすいかもしれません。

平安時代の人の服装のセンスと、現代の服装のセンスでは圧倒的に違いが生じるのはわかりますよね。同じく1年前の大衆と現在の大衆では受け入れられるものが全く異なってくるのです。

また、日本の和服は日本では受け入れられるかもしれませんが、アフリカのアマゾン奥地にいる人にとってはダサいと感じるかもしれません。

このように、センスがいいと思われるためには、自分の無意識を生きる時代と場所に適合させる必要があります。

そのためには歴史を学び、自分の足で現場に立つ必要があるのです。

服装で言えばファッションの歴史を学べば、トレンドの傾向をつかめます。

自分の足で都会に出て人々を観察すれば、どのような服を多く来て、どのような服を着ていなのかがよくわかります。

まとめ

それでは、抽象的かつ支離滅裂な文が並びましたので、一つにまとめておきましょう。

この記事では、センスの磨き方を『個人』と『大衆』の側面から考察しました。

『個人』の改善はセンスを磨く上で絶対条件であり、『大衆』への適合は必要条件です。

両者を以下にまとめます。

センスを磨く絶対条件

・ジャンルを問わない多くの知識と経験を身につける

・なぜその選択をしたのか、言語化する

・できる限り理論から選択せず、無意識から選択する

センスを磨く必要条件

・古くから多くの人に受け入れられてきた『型』を身につける

・時代と場所を考えて選択をする

・そのために歴史を学び、現場に出る

少しわかりにくいので、ファッションに当てはめて考えます。

ファッションセンスを磨く絶対条件

・ファッションの理論を勉強して、かつ色々な服を着る経験を重ねる

・ファッション以外(色彩、芸能)の知識と経験を身につける

・なぜその服を選んだのか、人に説明するようにする

・理論に囚われず自分がいいなと思った服を着る

ファッションセンスを磨く必要条件

・古くから定番と言われ続けてきたファッションを勉強する

・トレンドに合わせた服装を着る

・自分の住んでいる場所に合った服装を着る

・ファッションの歴史を学び、かつ外に出て人が着ている服を観察する

さいごに

センスって一体どのようにしたら身につくのだろう・・・と最近ずーっと考えていました。そんな考えをとりあえずまとめたのが今回の記事。

でも、こんな記事を書いている時点で自分にセンスが無いことを証明しているようです笑

センスは無意識から生まれるのですから、理屈っぽく語っている時点でアウトなんですよね・・・

確かに理屈っぽい人ってセンス悪いような人が多い気もする(絶望

センスの無い自分に言えることは、できる限り多くの『型』を身につけることなんでしょう。

なので色々な作品だったり人に会うことを億劫がらないようにしたいと思います笑

是非センスのある人はコメント等いただけるとありがたいです。最後までご覧いただきありがとうございました。

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